「織」という漢字を使いたい☆

「織」という漢字のこと。

この名前を子どもの名前につけたいと思っていて、それをどうイイ感じの説明にするか…と。

でも、これはあくまでも私側の話で、変更になるかもだけどね。

 


2ヶ月前、性別が分かった時の夜、旦那さんと名前の話をしながら、サラッと伝えてしまったけど、それ以来まだ話せてない状態。

旦那さんは別性別を考えてたらしくて、候補自体が被ってなかったから、私はこういう名前に憧れてるんだよね~と。

まぁ、検討はじっくり今後するとして…

 


改めて。

「織」という漢字に何を込めようと考えたのか。

(きっかけは、学生時代の友人の名前が素敵だったってのは、本当だけど、深い理由は無いかも。)

 

自分自身の座右の銘的なコトを考えた時、大事にしてる考えが2つあって、


1つは話が逸れるけど、

「口から出た言葉は、主語を失って力を持つ」ということ。

他人を罵る言葉を使った時、その言葉は誰が誰をというのとは関係無くなり、自分を傷つける力を持って帰ってくる。

その反対は自分を力づける言葉として帰ぅてくる。

言葉の力を意識して使う考え方身につけるべきだと、学生時代にお世話になった実業家の方から直接お話を伺って以来、自然に実行出来るように意識して行動し、実感を伴うことが増え、変革していった過去。

もちろん、今もそのあり方は変わらないつもり。


もう一つ。

趣味の範囲を越して続けている編み物を通して得た考えで、それが「織」に繋がると思う。

編み物の中でも特に好きなのは、レース編みで大きな作品をつくることで、ほぼ毎日、1年かけて編んだこともあるけれど、毎日毎日の作業の中で自分に言い聞かせてることは、「ひと編みひと編み丁寧に、気を抜かない、ごまかさない」ということ。まぁいいかって誤魔化しても、先に進んで見直した時に、自分の作業結果は誤魔化せない、絶対にそこに心残りが引っかかって、後で結局解く羽目になるから。

レース編みの模様の進みは、いくら手が早くても、とてもゆっくりにしか模様が現れては来ないから、先ばかり見てると気が遠くなるようだけど、ひと編みひと編み、自分に嘘をつかずに進めた結果は、他の誰も得られないような満足感を得られるもの。

小さな積み重ねも大切に丁寧に進めていくことで、やがて大きな作品になる。

織物で一往復糸が重ねられていくのに似ている、もっと細かいものかもしれないけど、適切な漢字はそこのような気もする。

 


飛躍させてもう少し。

一気に得られる大きな結果はほとんど無いように思う。小さな小さな日々の心づかいを周囲の人たちと重ねることで、人の繋がりが、新たな繋がりを生んで、飛躍に繋がると。

新たな人との繋がりを得た時、丁寧に自分で織り重ねてきたものがあれば、自信を持って自らを語れると思う。

 


ただ編み物が中毒的に好きっていう状態ではあるけど、一つ一つの作品の経験が、技術の鍛錬でもあり、作品として人に見せられる完成品を仕上げるという練習でもあるなと思いつつ、使えるものが出来てラッキーという楽しい日々。

 

あぁ、また長く語ってしまった。